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2019.01.07

ウイングトラベル

10年先見据えた観光政策の検討を

本保UNWTO駐日代表、世界をリードする普遍的価値発信を

 2019年は海外旅行自由化から55年、ウイングトラベル創刊50周年にあたる。この間、旅行観光産業や日本の観光を取り巻く状況は激変した。そこで、日本の観光が歩んできた道のりを振り返りつつ、この先日本が真の観光先進国になるための課題や取り組むべき方向性などについて、本保芳明国連世界観光機関(UNWTO)駐日事務所代表にインタビューした。

 

情報、調達、言語のハンディをITが解決
自動運転と自動翻訳が観光の局面変える

■ウイングトラベル創刊50周年
 この50年を敢えて分けると、バブル崩壊前の20年とその後の30年に大きく分けられるのではないか。高度成長期の元気な時代には自由化が進み、新しい旅行が作られた。一方で、バブル崩壊後の90年代後半以降は、国内旅行は停滞状態となり、そこに2つの大きな波が押し寄せた。ひとつは直近のインバウンド急増、もうひとつはその前のIT技術と流通革命。90年代後半以降は、日本全体の先行きが見えない中で、ひたすらFIT化とIT化に翻弄されてきたが、そこにインバウンドの波が押し寄せ、少し将来に夢が持てる時代になってきたのが今ではないか。

■IT技術と流通革命は大きな変化だった
 プラス面とネガティブインパクトの両方あると思うが、旅行業やサービス業の成立基盤は、ハンディキャップではないか。情報、調達、言語のハンディキャップがあり、そこにトーマスクックが一つの解決策を提示して旅行業が出てきた。ところが、ITがその大部分を解決してしまう時代になった。情報のハンディから解放され、調達ももはやインターネットで何でも買える時代になった。端的に言えば、従来型の旅行業が手を出せる分野がぐっと狭くなっている。
 そこに商機をみてOTA(オンライン・トラベル・エージェント)が出てきたが、それも永続的なビジネスモデルとは思えない。彼らも情報をある程度寡占化でき、ゲートウェイ的にコントロールできているからこそ稼げているが、アコモデーションや宿が自ら情報発信を豊かに行えるようになれば、それすら不要になる可能性がある。
 他方で、何らかのハンディキャップを持つ旅行者は残る。年齢、ITディバイドの問題もある。非常に便利になっているが、その技術を全て使いこなせる訳ではない。また、情報のオープンさには限界があり、ラグジュアリートラベルのような特別な体験は個人ではアプローチしにくい。つまり、今後も人々の足りない部分を補うための本質的な旅行業や、それに類似したビジネスは残るだろう。

■サプライヤーにとって直販化の新しいツールが出てくると
 出てくると思う。自動運転化が急速に進むなかで、このままいけば車を買う人が個人から企業に変わり、自動車メーカーも大量に納車するだけのサービス代行となるのを恐れて調達サイドに立とうとするような動きがあるが、航空会社にしても、単にシステムをオープンしてチケットを売っているだけでは主権を失う可能性もある。
 インバウンドの動向を見ていて思うのは、外国人旅行者が増えることによってサービス革新を促している現実があり、このことが物事の変化を加速させるのではないか。とくに、自動運転技術と自動翻訳技術については、この先数年間で局面を変えてしまうぐらいの力を持っている。これからの10年は、ものすごく変化すると思っている。
 例えばインバウンドで多言語表示というが、自動翻訳が進めば標準的な部分についてはあっという間に問題なくなると思う。また、二次交通についても、運輸行政や各種制度が付いてくればとの条件付きだが、自動運転によって二次交通はほとんど問題なくなるのではないか。Uberは人を使う限り人員配置や安全性などの面で限界があるが、自動運転なら車と情報さえあればいい。

 

日本はインバウンドで大成、観光先進国的に
世界をリードする観光の普遍的価値発信を

■日本が観光先進国になるために必要なことは
 50年経ち、とくにインバウンドで日本は大成功を収めた。単に人数が増えただけでなく、具体的に地方に恩恵が及ぶようになった点で成功した。ある意味、観光先進国的になったと思う。
 振り返れば90年代の観光部(当時)は、その前の20年を引きずったまま、戦後急速に増えた国内旅行と海外旅行のための仕組みや、旅行業の規制を作る仕事で十分だった。今あるものをコントロールして安全管理すれば良かった。その後、旅行が伸びない時代になり、海外のようにクオリティの高い観光を提供するために、観光まちづくりの議論を始めたのが90年代後半だった。それは、時代の変わり目というか、今までの蓄積からできている行政ではだめだという反省だった。
 今や国の方向性も変わり、しっかりとインバウンドに取り組み、普通の国らしい観光行政になった。やっとそこまできた。日本は観光立国をめざし、ある程度時間をかけて成功し、既に第一線に立っていると思う。色々な評価があると思うが、私は現時点での日本の観光行政は世界最先端にあると思う。現実に成功もしている。
 そうなったら、かつての元気な日本に求められたように、世界をリードし貢献していかなければいけない。そうでなければ価値基準は自分で作れない。他人の価値に引きずられ、また二流三流に落ちていく。やはり、観光に関する普遍的な新しい価値を発信し、実現するような取り組みをきっちりしていくことが必要だ。
 一番わかりやすいのはSDGs(持続可能な開発目標)。これを実現するためにきっちり取り組んでおり、それがインバウンド振興に繋がっているとなれば、日本の観光への信頼につながる。
 基本的には、CO2対策やエネルギー効率化など、日本で取り組みが進んでいることは沢山ある。また、世界観光倫理委員会の委員をしているが、日本の旅行業界の行動様式は本当に立派。日本旅行業協会、全国旅行業協会というきちっとした業界団体があり、会員とコミュニケーションしているからこそ実現できているもので、これは素晴らしい自主規律。
 遅れているのは賃金が低いことぐらい。豊かさを従業員に還元できていないことは日本にとって大きな問題。それらの評価や課題を自己認識し、整理し、さらに上げていくためにどうするべきかを考えていくことが必要。

■日本は観光でどのような指針を示すべきか
 SDGsに加えて、文化、スポーツ、観光という3つの分野の融合をいかに図るかも重要だ。世界の観光行政の形態を見ると、文化、スポーツ、観光の3つを一緒にやっているところが多い。親和性が高くシナジーがあると思う。
 文化については、来年12月頃に京都で「UNWTO/UNESCO 観光と文化をテーマとした国際会議」を開催する。そこでの議論を通じて、観光産業と文化関係者の間で、文化資源を大事にし、育成していくような観光のプラクティス、プリンシプルを作っていこう、そのためのスタート台にできないかと話している。
 今はまだ、全体としては観光は文化の消費者。その一方で、現実的には観光なくして文化資源の維持発展は難しい。そこで、観光が文化を暗黙のうちに暗示的に支える時代を乗り越えて、明示的に作り上げて育てていく。例えば文化資源を観光資源として楽しんだり利用したりするときに、金銭的貢献のためにきっちりお金を払い、還元することも一つの方策だろう。
 また、プラクティスは観光と文化関係者が一緒になって作らないといけない。日本は先進国の観光スタイルであり、文化要素で売っていかないと最終的には勝ち残れない。文化に対する敬意があって初めて、その国に対する敬意がある。そのためには文化のレベルを上げていかないといけないし、発信もしていかなければならない。日本での文化体験を海外でも簡単に予約購入できる環境整備も必要だ。

■スポーツについては
 スポーツについて思うのは、例えばフィギュアスケートの羽生選手の観戦に行く人は旅行だと思っていないだろうが、人流という意味ではスポーツの人流はマラソンを含めてかなり大きい。スポーツツーリズムの観点でいえば、従来型の観光で取り込もうとするから、観戦チケットやお土産の販売などに矮小化されてしまい、スポーツによる人流が見えない部分もあるのではないか。
 また、スポーツ界は基本的にはいかに良い選手を育てて勝つかという価値観。そこに柔軟なソフト産業である観光産業が介在し、より観客のニーズに沿ったソリューションを提供できれば、もっと可能性が広がるのではないか。当該種目の人気が高まり、より盛んになることで、より良い選手が育つ循環を作ることも可能だと思う。

 

10年先を見据えた観光政策を
技術革新がもたらす変化が予測可能に

■日本は観光先進国になったが、課題もあると
 どこまで行っても進化し続けなければいけない。足りない部分は時々で変わる。次の進化のためにどうすべきかを考えるべき。すごく大事なのは、成功して一歩進んだら、普遍的な価値のある次のビジョンを作ること。次の10年、観光庁はどうあるべきかを考える責務が相当あると思う。
 その意味で、10年先、20年先に向けて、観光産業界や観光行政がどうなっていかなければならないのか、考えないといけない時期に来ている。一番怖いのは、今の成功に甘んじてこのまま人数や消費額を積み上げていけばいいと思ってしまうこと。それではすぐに陳腐化してしまうし、下手をすると「インバウンド屋」に堕してしまう。
 また、観光ビジョンでは、人数や消費額の目標を掲げたが、数だけでなく中身をどうするか。全てが金と数で換算される訳ではなく、もっと豊かなものであるはずだ。
 例えばロングステイもこれから大きく変わるだろう。外国人旅行者の長期滞在スタイルを受け入れる施設が増え、泊食分離も現実に変わってきた。このことは、おそらく日本の国内産業を大きく変えるきっかけになると思っている。

■10年先のビジョンを示すべきと
 技術面でいえば、観光では10年後にほぼ確実に変わるところがある。インバウンドの決め手となる輸送力をはじめ、コミュニケーション、移動が変わる。変わる方向も見えてきている。
 コミュニケーションについては、自動翻訳技術は日本という特殊言語を使う国にとって猛烈な変化を与えるだろう。移動についても、どこまで自動運転になるかは別として、かなりのスピードで変わっていく。この2つが日本にとって大変有利な形で変化しているので、ますますインバウンドが盛んになる可能性がある。
 観光にとって重要なキーとなる要素がこれだけ急速に変われば、先がある程度読める。変化のスピードが多少変わる可能性はあるだろうが、少なくとも10年後には相当変わっている前提でものを考えないといけない。
 そのため、10年後を見据えた観光を考えるということを、ぜひ観光庁にはやってほしい。行政も産業界も含めて。おそらく10年前には観光を巡る要素がどの程度どう変わるかが見えなかったが、技術革新がもたらす世界の変化が予測可能となりつつある今、10年先を見据えた観光政策を打ち出してほしい。

 

航空政策における国益を問い直す
日本のアウトバウンド少ないのは害悪

■観光と航空は密接不可分。航空政策についてはどう考えるか
 航空政策における国益とは何か。インバウンドが大きく増えている時代を踏まえて、そこはもう一度問い直さないといけないのではないか。そのなかで、日本企業を優先してものを考えることも見直しを迫られるかもしれない。
 当然、航空権益はあるし、日本のセキュリティを考えればきちっとした国内企業が存在することが重要なことは明らか。それが国益なのは間違いないが、もう少し広い国益のなかでバランスをとっていかなければならないだろう。
 インバウンド増加のためにはキャパシティ、路線増が不可欠。地方の国際線は外国エアライン頼みになっている。路線数を増やし、いわゆる結びついた2都市の数を増やしていくためには、より良い機会を外国企業に提供していく必要がある。
 いくつかの面を見ると、航空行政も観光を考えて弾力的にやってくれていることは間違いないが、物事は出発点が大事。出発点の国益とは何か、そのなかで日本企業が果たすべき役割は何かを考えた時に、30年前、50年前と同じはずはないだろう。そこを問い直す必要がある。

■日本のアウトバウンドについては
 日本のアウトバウンドが少なすぎることは、単なる問題というより、我が国にとって害悪だと思っている。観光の観点より、国民の国際化が進まず、ますます内向きになってしまう。だからもっともっと増やす工夫を全力でやらないといけない。
 ただ、環境条件が悪すぎるということはある。どう考えても消費マインドは振るわない。先行き不透明で貯蓄性向が高まる。高齢化はどんどん進む。円高ともいえない。それに加えて、幸か不幸か、猛烈に国内観光に魅力がある。
 国内旅行に魅力があることは、国民にとっては幸せなことでもあり否定しにくいが、なかなか難しいのが現実。似ているのはアメリカだろう。世界の田舎と言われるアメリカ。国内旅行で満足してしまう点で日本は似ているのかもしれない。
 若者にいかに海外を体験してもらうかは、まさに大きな課題だと思う。とくに国際観光旅客税を日本人からも取るからには、還元しないといけない。様々な環境要因も含め科学的な知見に基づいて議論していく必要があるのではないか。

 

※写真=本保芳明UNWTO駐日事務所代表