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2025.02.26

WING

第192回「日本が危ない」メッキ剥げたかりそめの黄金時代

 「日米関係の新たな黄金時代を追求する」と共同声明でうたった首相、石破茂と米大統領、ドナルド・トランプの7日(日本時間8日)の首脳会談は、期待値が低かっただけに成功裡に終わったと、与野党ともに受け止めている。だが、関税、防衛費増額などの懸案には触れなかっただけで課題は山積している。しかも、中国とのディールを目論むトランプに対し、石破はクギを刺すことすらできなかったことは今後に禍根を残した。

 

本当に噛み合ったのか
バッチリだった会談の予習

 

 「トランプさんは強権的、威圧的なイメージがあるが、実は違うのではないか。そこに共感があった気がした」
 石破は帰国後の日経新聞とのインタビューで手ごたえを口にした。会談後のNHKの世論調査で内閣支持率が5ポイント上昇し44%になったこともあり、石破は機嫌をよくしている。訪米前の不安そうな表情とは打って変わった。
 この訪米は石破政権の命運を占うとも言われた。陽気で何を言うかわからないトランプと、陰気で説明が長い石破。気が合わず、日本にとって米国は唯一の同盟国であるにも関わらず、会談は不調に終わるのではないかとの観測も流れた。

 

新たな黄金時代は輝きを取り戻せるか(提供:首相官邸)
 そうした事態を防ぐため、官邸では官房長官、林芳正を中心に、外務省総合政策局長、河邊賢裕、財務省財務官、三村淳、経産省通商政策局長の荒井勝喜が首脳会談で取り上げられるテーマについて徹底討論し、後に防衛省防衛政策局長大和太郎らも加わり、防衛費問題への対応なども協議した。石破も加わって最終的な作戦会議をした。
 並行して首脳会談にあわせて発表する共同声明づくりは国家安全保障局(NSS)局長の岡野正敬が、大統領補佐官(国家安全保障問題担当)マイク・ウォルツとの間で作成を進めた。
 トランプ政権は発足後まもなく、国防総省や国務省は高官の議会承認作業も続いており態勢が整っていない。そうしたなかでウォルツ率いる国家安全保障会議(NSC)は議会承認も必要なく、第一次政権の経験者らもおり、「中国の脅威認識を日本側と共有していた」(政府当局者)という。両者の認識は共同声明にも反映され、次のような一文が明記された。
 「両首脳は、両岸問題の平和的解決を促し、力又は威圧によるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対した。また、両首脳は、国際機関への台湾の意味ある参加への支持を表明した」
 日本政府当局者によると、東シナ海や南シナ海での中国による「力又は威圧による一方的な現状変更の試み反対する」との部分はこれまでの日米共同声明より踏み込んだ内容であり、米側から提案があったという。日本政府にとって異存はなかった。
 続く、「国際機関への台湾の意味ある参加への支持」は日本側からの提案だった。国際機関への関心が薄い米側ではあったがすんなり了承し、共同声名に盛り込まれた。問題は日本国内、特に与党内への説得だった。石破政権には日中友好議員連盟会長となった幹事長、森山裕、結党以来日中交流を推進してきた公明党など親中派が多いからだ。
 森山らに対しては、昨年秋のG7(主要7カ国)外相会合後の声明でも両岸問題の平和的解決を促し、「国際機関への台湾の意味ある参加」を支持する立場が盛り込まれており、何らこれまでのスタンスに変化はないと事前に説明し理解を得ていた。

 

中国の脅威は頭に入らず
話題になかったウクライナ

 

 こうして安全保障面では日本側としてはほぼ満足のいく形で共同声明が出来上がった。もっとも、トランプは共同声明には関心がなく、「おそらくろくに読んでもいないだろう」(日本政府当局者)と言われている。
 石破の力点はいかにトランプと歩調を合わせるかであった。日経新聞のインタビューでも「信頼関係は一朝一夕にはできない。第一印象は大事であり、お互い良い形にしたいと思っていた」と語った。
 トランプも親友であった元首相安倍晋三との会談を重ねることで日本の重要性を認識していたこともあり、関税や防衛費増額などは持ち出さなかった。
 首相動静によると会談冒頭の少人数会合は33分間行われたが、そのほとんどが記者団に公開された。残り数分もトランプがホワイトハウスの大統領執務室内の肖像画などを紹介して終わった。石破は椅子にふんぞり返って座っているとネット上では批判を浴びたが、むしろ背後にいる通訳の高尾直に向かって、覚えた内容を必死に思い出すように話していたと、その場にいた関係者の目には映った。
 少人数会合に続いて、他のメンバーも加わった昼食会が約1時間20分行われたが、この場は首脳間の個人的な信頼関係を高める場ではない。
 本来、石破に期待されたのは、バイデン前政権が何もしなかったことで東アジアでは中国による脅威が強まっているかをトランプに植え付けることだったが、石破はトランプの攻勢をかわすかで頭がいっぱいだった。安倍が2016年11月にニューヨークのトランプタワーを訪れ、当選したばかりのトランプと会談した際、ほぼ大半を中国の脅威がいかに高まっているかを説明したのとは大違いだ。
 トランプは就任後のFOXテレビのインタビューで「私は習主席と話すのが大好きだ。われわれはとても良い個人的な関係を築いている」と述べたように、国家主席習近平との間でディールを結ぼうとしているのは明らかだ。
 安倍が存命だったら中国とどのように対応するか、ロシアによるウクライナ侵略、中東ガザ情勢などについて相談したかもしれないが、石破とはそうした関係ではない。今回の会談でもウクライナ情勢、ガザ問題は話題にも上らなかった。

 

当事者のいない停戦交渉
中国は平和維持軍派遣か

 

 日米首脳会談後の12日、米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)は、中国政府関係者がこの数週間、ロシアとウクライナの停戦に向けて、米政権にトランプとロシア大統領ウラジミール・プーチンとの米露首脳会談を提案していたと報じた。ウクライナ大統領ウォロディミル・ゼレンスキー抜きでの実施を想定しているという。
 中国側は、和平が合意された後に平和維持軍をウクライナに派遣する意向も伝えた。WSJはこうした停戦の仲介を通じて、中国側としてはトランプ政権との関係を深め、経済的な圧力をかわしたいとの思惑があると報じた。
 トランプは12日にプーチンと電話会談を行い、戦争終結に向けた交渉を開始することで合意した。トランプは会談後、記者団にプーチンとまず第三国のサウジアラビアで会談するとの見通しを示した。トランプはプーチンと会談した後、ゼレンスキーと電話し、会談内容を伝えた。ゼレンスキーはトランプとは「有意義な会話をした」とXに投稿したが、後回しにされたことは明白だ。
 日本国内では日米首脳会談について「あまりにも期待値が低かったので、よくやったじゃないかと思えて120点」(早大教授、中林美恵子)などと、石破を評価する声が多く占めたが、激動の国際情勢から取り残されていたのは明白だ。
 アーミテージ・インターナショナルのパートナーで、国家安全保障会議(NSC)スタッフを経験したザック・クーパーは、石破がトランプとの間で「真の個人的なつながりを築くことはできなかった」と総括した。さらにトランプが鉄鋼、アルミニウム、自動車、農業に対する関税措置を講じ日本が標的になった場合、石破に「打撃を与える可能性がある」とした。
 首脳会談の争点となった日本製鉄によるUSスチール買収計画についても「買収ではなく投資」と位置付けることで、一時は頓挫した交渉が再開される見通しとなったが、クーパーは「最終的な合意が得られる保証はまったくない」と悲観的な見通しを示した。

 

再燃する莫大な防衛分担金
向いているのは日本か中国か

 

 クーパーは共同声明で触れられた沖縄の米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設について「今後数年間爆発的な問題となる可能性がある」と述べ、日米間の火種になりかねないとの見通しを示した。
 第一期政権の時に大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を務めたジョン・ボルトンは回顧録のなかでトランプが日本に対して防衛費の分担金として年間約80億ドル(当時のレートで約8500億円)の負担を要求し、全ての在日米軍を撤収させると脅して分担金交渉を優位に進めるようボルトンに指示していたことを暴露した。日本が分担している在日米軍の駐留経費負担(思いやり予算)の4倍以上にあたる。
 トランプや国防長官ピート・ヘグセスは沖縄などの駐留米軍の撤退をちらつかせながら、日本側の負担増を求めることは十分予想される。
 クーパーは「初会合は成功したと言えるだろう。東京の外交官たちは、この訪問をうまくこなした。しかし、日米関係には多くの障害が待ち受けている。問題なのは、ワシントンには日本に対する戦略的なビジョンを持ち合わせている高官がほとんどいないということだ」と締めくくった。
 しかも、東京にも中国との関係を重視しようという動きがある。3月には中国外相王毅が訪日を予定し、石破は5月の連休に訪中し、訪米に続き外交で得点を稼ごうと目論んでいる。トランプに中国とのディールに注文をつけるどころか自らも中国に融和的な態度を取ろうとしているのだ。
 日本政府内では、日本の頭越しに米大統領リチャード・ニクソンが訪中した1972年と同様、トランプと習近平が日本に告げぬままディールを結ぶ「第二のニクソンショックが起きるのでは」と懸念する声が出ている。
 首脳会談後の記者会見が終了するとトランプが石破に一瞥もくれず、会見場を後にした光景は今後の日米関係を暗示しているかのようだ。(敬称略)