AI導入による負の部分
近年の旅行業界のセミナーやシンポジウムでは、旅行業とAIの議論が盛んに行われている。一方で、旅行業のヒューマンタッチの重要性が指摘され、AI導入によるイノベーションやデジタルマーケティングを進めると同時に、ヒューマンタッチの部分を残しておくというのが方向性のようだ。
一番の課題はリアルエージェントがAI導入により、店舗数を削減するのか。その場合の人員計画をどうするか。大手旅行各社は改革を進めているが、人員計画については明らかにしていない。ここはもう避けて通れないのではないかと感じている。
店舗ということで、銀行を例に取ると、インターネットバンクやコンビニの銀行業界への参入、さらには仮想通貨、キャッシュレスの時代に入り、店舗窓口は大きく変わろうとしている。AIの導入が加速すれば、店舗と人員の削減は待ったなしの状況を迎えている。
既に、メガバンクはリストラ計画を発表している。三井住友フィナンシャルグループは全店舗を次世代型店舗に転換し、4000名を配置転換する。三菱東京UFJフィナンシャルグループは店舗を1〜2割減らし、9500名を配置転換し、6000名を人員削減する。みずほフィナンシャルグループは、2024年度末までに100店舗削減し、26年度末までに1万9000人を人員削減する。
業界アナリストによると、AI導入に伴う最も具体的なリストラ計画はみずほFGだが、それでもこの人員削減計画は甘いと指摘されている。みずほFGの全社員数は約56000人で、その3割以上の削減となるが、AIの導入はもっと多くの人員削減が必要という。三井住友、三菱東京UFJは計画よりもさらなるリストラが必要で、「AIを搭載したコンピュータやロボットが生産性を大幅に引き上げるのと裏腹に、賃金が高い金融機関の雇用を破壊する」と指摘する経済誌もある。
業態は違うが、旅行業界も金融業界と同じく、全国に店舗を展開している。JTBの従業員数は約2万9000名、HISの従業員数は約1万7000名である。26年度末とはいえ、みずほFGの1万9000人削減は衝撃ですらある。
この数字を見ると、「AIが人間の雇用を奪う」ことが現実になってきたと感じざるを得ない。いくら顧客との対面、フェース・トゥ・フェースが大事と言われても、人間がAIに取って代わられる職業は増えていくようだ。
オックスフォード大学が発表した「あと10年で消える職業」には、銀行融資、保険審査、クレジットカード審査などの担当者、カジノのディーラー、ホテルの受付係などが含まれる。日本のIR導入でカジノディーラーが注目されているが、消えゆく職業らしい。
また、フォーブスによる「10年後になくなっている職業」には、記者・アナウンサー、新聞記者が含まれる。スクープはともかく、AIの方が科学的、論理的に記事が書けるのかもしれない。
それはともかく、大手旅行会社はロボットやAIアプリの開発などに取り組み、AIの導入に積極的だ。そうした「正」の部分は良いのだが、AIによって影響を受ける「負」の部分をどうするのかを明らかにする時期に来ている。
多分、各社はシミューレーションはしていると思うが、近年の決算状況を見ると、全般的に旅行業界も人件費が以前と比べて負担になりつつあるように感じられる。
AI導入による合理化計画を発表すれば、業界への影響は非常に大きいだろう。だが、中期経営計画を策定する時に、投資計画と人員計画を立てなくてはならない。メガバンクの計画でもアナリストから指摘されているように、配置転換ですむような課題ではないはずだ。
AIの開発投資が拡大する一方で、合理化を進めないと経営が圧迫される。メガバンクは減益で人員削減の舵を切った。この部分は大手旅行会社も同じではないか。AI導入による合理化を計画する時期に来ている。(石原)