スペイン政府観光局
ユニバーサルツーリズムの先進地
スペインで視察ツアーを実施
スペイン政府観光局は昨年10月にユニバーサルツーリズムの視察旅行を実施した。老若男女や障がい者など、すべての人々に旅行の機会を提供するユニバーサルツーリズムは観光参事官兼同局局長のハイメ・アレハンドレ氏が「スペインは障がい者に優しい街づくりへの取り組みが進んでいる国」として、2020年9月の着任からプロモーションテーマの一つに掲げてきたものだ。このほど、こうした取り組みが、第7回ジャパン・ツーリズム・アワード審査委員特別賞(海外領域)を受賞した。
障がい者のみならず、高齢化社会が進む日本の市場にとっても、ユニバーサルツーリズムは今後欠かすことのできない要素となるだろう。視察旅行で得た情報をもとに、スペインのユニバーサルツアーの可能性を探る。
車椅子旅行者も参加
当事者目線も交えた視察旅行
このたびの視察旅行に参加したのは、ユニバーサルツーリズムに取り組んでいる旅行会社3社と、世界30カ国以上を旅している車椅子トラベラーの三代達也氏。行程は、マドリード市内観光やトレド、アビラ、エル・エスコリアルへの観光、その後スペイン高速鉄道AVEにて移動し、セビージャ、バルセロナを巡りサグラダ・ファミリアなど主要な観光地を訪れるというものだ。
スペインでは障がいのある人もない人も、すべての人が同等の権利を得ながら暮らせるようにと各地でユニバーサルデザインのまちづくりが進められ、州や地域により差はあるが、建物へのスロープ設置や道路の平坦化が各地で行われているほか、バスやトラムなど公共交通機関のバリアフリー化が進んでいる。さらに、古い教会や修道院などの観光スポットでも車椅子用の導線が確保されている。「国民のバリアフリーに対する意識は高く、街なかでも日本に比べ、車椅子で街に出ている人たちを見かける機会が多かった」と視察旅行に随行した同観光局プロモーションマネージャーの風間裕美氏は話す。また参加者からも「石畳など、車椅子では動きづらいところでは、すぐ人々が手伝ってくれた」「街の人々が障がい者・高齢者等との共存に慣れていると感じた」という声が聞かれ、スペインのソフト面のバリアフリーが進んでいることを実感できた。
福祉団体が運営する
ユニバーサルホテル「イルニオン」
では実際に素材を見てみよう。まずスペインのユニバーサルツーリズムの取り組みとして特筆したいのが、ホテルチェーン「イルニオン/Ilunion」だ。
これはスペインの福祉組織ONCE(オンセ/O r g a n i z a c i ó n N a c i o n a l d e C i e g o s E s p a ñ o l e s )が運営するもので、母体は1 9 3 8 年に発足した視覚障がい者団体。1988年にあらゆる障がいに枠を広げ、職業訓練や雇用促進、社会的共生を目的とした活動を行っている。財源となる宝くじはスペイン中で販売され、その存在は社会的にも広く認知されている団体だ。
ホテル「イルニオン」は完全ユニバーサルデザインをコンセプトとした世界でも珍しいホテルチェーンで、マドリード、バルセロナ、セビージャなどスペイン各地に現在29軒を展開している。しかも従業員の7割が何らかの障がいを持つ人たちで、多様な人材が十分に能力を発揮できる職場環境を整備している。ホテルのファシリティはそうした「当事者」の意見を取り入れ、かつデザイン性も重視した造り
ともなっているのだ。三代氏も「今まで訪れたどこのホテルよりも素晴らしかった」と語り、旅行会社からも「この取り組みはスタディツアーのコンテンツになる」といった意見も聞かれるなど、ビジネスモデルとしても非常に興味深いものがある。なによりこうした宿泊施設があるということは、ユニバーサルツアーを造成するうえでは非常に心強い。
トイレなどは問題なし
移動の少ないトレドの展望台が好評
観光素材についてはまず、三代氏が「どこへ行っても車椅子が入れるくらいの大きなトイレがあるのが日本との大きな違い」と語るなど、トイレをはじめ美術館やレストランなどの内部に関してはほとんど車椅子での移動が可能。一部の地域ではバンなど車両の進入が制限されているところもあるが、プラド美術館などは障がい者車両であれば事前に許可を取ったうえで、美術館に横付け停車ができる。
またマドリードの「視覚障がい者博物館」は文字通り目の不自由な人に配慮した美術館で、音声や触覚による美術作品の鑑賞が楽しめる、世界でも珍しい博物館のひとつ。もちろん内部は完全バリアフリーだ。マドリードのスペイン広場は緩い坂道ではあるものの、車椅子で移動ができる路面だが、マヨール広場は古い石畳であるため、サポートが必要な部分もある。
トレドの展望台は、今回の視察ツアーでは評価が高かった場所のひとつ。路上に駐車スペースがあり、移動せずに展望台にアクセスが可能で、トレドの絶景を楽しめるのがその理由だ。この展望台の上にあるパラドールに宿泊して夕景や朝の風景を眺めるなど、ゆとりを持った行程を組んでもいいだろう。
一方、中世の趣を残すトレドの旧市街は石畳やアップダウンも多く、車椅子利用者にも負担は少なくなくサポートが求められる。訪れるなら電動アシスト付きの車椅子を用意するなど準備が必要だ。
大聖堂をはじめサント・トメ教会の見学は、少人数であれば車などを利用したほうがスムーズだ。
またアビラは、ヨーロッパのアクセシブルシティとして賞を授与された世界遺産都市。この街の観光名所の城壁は、車椅子利用者だけでなく、視覚・聴覚・知的障がい者を含むすべての人がアクセスできるように配慮されている。
街歩きが楽しめるセビージャ
AVEは事前予約が必要
セビージャは大聖堂の内部も車椅子で見学ができるほか、中心部の歩道は舗装されている。スペイン広場共々車椅子でも移動しやすく街歩きが楽しめるほか、馬車を利用すれば、歩くのが困難な高齢者でも楽に観光できる。
バルセロナも市内の大通りは舗装されており、車椅子でも移動ができる。サグラダ・ファミリアは出入口の一部に介助が必要な部分もあるが、内部はバリアフリーとなっており、車椅子での見学には問題がない。カタルーニャ音楽堂はホール内がスロープであるうえ、車椅子の場合は最前列でパイプオルガンの演奏などを聞くことができるなど、特別なひと時が演出できるだろう。
また今回はマドリードのアトーチャ駅からセビージャ駅までスペイン高速鉄道AVEを利用。車椅子専用席があるが、車椅子利用時には専用のリフトを利用することになるので事前の予約が必要。障がい者サポートスタッフが常駐しており、必要なサポートを提供してくれる。
写真1枚でも情報
旅の機会提供もビジネスチャンス
視察旅行を終えて、参加者からの課題として最も多かったのは「正確な情報」だ。
「事前の情報共有は必須。現地で変更を余儀なくされるより、行く前に状態がわかっていればう回路などを準備ができる。写真1枚を載せるだけでもかなり心構えなどが変わる」と三代氏。このほか主要な交通機関や観光地などの入り口の段差やスロープの有無なども、求められる最低限の情報のひとつとして挙げられていたので、ツアーオペレーターなどは今後、こうした点にも留意しつつ、情報収集をしておくと良いだろう。ホテルなどの高級感あふれる毛足の長い絨毯は、車椅子では却って動きづらいなど、障がい者目線での情報・リサーチも必要だという声もあった。
国連によると、何らかの理由で障がいを持つ人々は世界人口の約10%に当たるという。またスペインに限らず、すべての人が平等の権利を受容するといった取
り組みは世界的な潮流となっており、今後の高齢化・多様化の社会での旅
を考えたとき、ユニバーサルツーリズムは避けて通ることのできない分野となるだろう。こうした人々に手を差し伸べることも、旅行会社にとってはビジネスチャンスのきっかけの一つとして積極的に捉えていきたい。
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