近未来の旅行業における「生成AI」活用の可能性 JATA経営フォーラムセミナー
生成AI技術の進化により、旅行業界での活用が急速に注目を集めている。先日、日本旅行業協会(JATA)の経営フォーラムで開催されたセミナー「近未来の旅行業における『生成AI』活用の可能性」では、具体的な活用事例やリスク、導入プロセスについて伝えた。多言語対応や旅程の自動作成、カスタマーサポートの効率化、社内業務の改善といった事例を取り上げる一方、誤った情報(ハルシネーション)の生成リスクや、導入に向けた課題設定の重要性も指摘。本レポートでは、同セミナーの内容を紹介し、旅行業界における生成AIの可能性と未来について考察する。

AIを下支えする「生成AI」
回答の精度を高める「RAG」とは?
【ゼロから知る生成AIの基本と今後のトレンド】
セミナーでは、AI(人工知能)とは何か、またAIにおける生成AIとは何かについて、日鉄ソリューションズの豊島氏が解説。AIは「知識を元に人間行動を再現、支援する技術」であり、その中には言語を扱う「自然言語処理」、画像を扱う「画像解析」、音声を扱う「音声解析」が存在する。
生成AIは、AIを支える機械学習における技術のひとつであり、さまざまな情報を「学び(インプット)」、それを基に「新しい情報を生み出す(アウトプット)」ことで、AIが目指す「人間行動の再現、支援」を実現する技術だ。
現在、生成AIの中でも注目を集めるのが、言語処理に特化した「LLM(大規模言語モデル)」であり、「ChatGPT」などが代表的なものに該当する。既にインプットしたものを利用できるため、費用対効果が大きい。ただし、専門分野における精度不足や、もっともらしい誤回答(ハルシネーション:幻覚)、機密情報漏洩などの短所もある。

こうしたデメリットをカバーする技術として、豊島氏が挙げたのが「RAG(検索拡張生成)」だ。これは生成AIが回答を生成する際に、外部の情報源から関連データを検索し、それを基に回答を生成する技術である。あらかじめインプットを与えて回答の精度を上げることで、生成AIの短所を補完する役割を担う。特に旅行業界においては、RAGによって専門性を高めることができる。
さらに精度と安全性を高める取り組みも
また今後の生成AIに関するトレンドとして、豊島氏は精度と安全性をさらに高める取り組みについて紹介。精度においては、RAGよりもさらに精度を上げる取り組みとして、画像や動画、音声を利活用する「マルチモーダル」や、業界に特化した「特化型モデル」などについて言及。安全面では、生成AI自らリスクヘッジを行う「AIガバナンス」や、MicrosoftAzureのような「プライベートクラウド環境での利用」などの技術が進んでいる。
多言語対応や旅程の自動作成
カスタマーサポートの効率化、社内業務の改善など
【生成AIの活用事例】
生成AIの活用事例については、鈴木氏が旅行業界におけるいくつかの具体的な事例を紹介した。
リクルート(じゃらん)
多言語対応
宿泊施設向けにAIを用いた多言語問い合わせ対応サービス「トリップAIコンシェルジュ(wwws.jalan.net/bs/tai/doc/lp)」を提供。定型的な問い合わせに対する回答をあらかじめ設定することで、日本語、英語、中国語(簡体字/繁体字)、韓国語の問い合わせに24時間対応できる。
また「Azure OpenAI Service」を利用した「AIチャットでご提案」を試験運用中。希望を入力すると、AI が条件を選出し、チャット形式で希望に合ったエリアや宿を提案する。
AIチャットでご提案 (www.jalan.net/chat/?ccnt=sp_yad_top_sugoibot_init)
LINEヤフー(Yahoo!検索)
モデルコースを提案、口コミを要約
例えば「京都(地名) 観光」と検索すると、生成AIが観光のモデルコースを提示。「王道」「ファミリー」「女子旅」「友達」「デート」の5パターンを作成、コースの地図と各スポット間の移動手段や移動時間を確認できる(現在はスマートフォンのみの対応)。

また、観光スポットの口コミを生成AIが要約、検索結果上に表示する機能も開始した。現在は日本全国の1万か所以上に対応。評価の高い点や訪問時に留意すべき点などを抽出し、最大5つにまとめて表示する。
茨城県(観光いばらき)
多言語生成AIチャットボット
茨城県の観光情報サイト「観光いばらき」において、茨城県公認Vtuber「茨ひより」が答えるチャットボットの多言語展開で、多言語コミュニケーションツールに関わるサービスを提供するKotozna社の「Kotozna ConcierGAI」を採用。50以上の言語に対応し、アバターによる自然な会話で回答行う。
星野リゾート/東京メトロ
問い合わせ対応など、社内業務を効率化
星野リゾートでは、問い合わせのメール対応をスムーズに行うためにテンプレートを採用。膨大なテンプレートの検索、また文章校閲において、生成AIを活用した支援ツールを導入した。また会議の議事録やプロジェクトの進捗状況など、社内のさまざまな情報をクラウド上に蓄積、海外とのやり取りの際に生成AIが英語に翻訳して対応する態勢を整え、社内業務の効率化を図った。
東京メトロでは、チャットボットによる顧客対応で生成AIを活用、公式ウェブサイトの情報から適切な回答を生成することで、問い合わせへの回答範囲が拡大した。メールでの問い合わせにおいても、生成AIが内容を把握、RAGを使用し答に必要な情報の検索や回答文の作成で業務サポートを行う。
誤った情報で訴訟やサイト閉鎖のリスクも
業界事情を踏まえた高度化の動き
一方で、鈴木氏はハルシネーションによるリスクについても触れた。生成AIによるチャットボットで誤った情報を提供したことで訴訟を受け、損害賠償金を支払ったエア・カナダ、また実在しないお祭りや名物を掲載したことで、結果サイト閉鎖になった「福岡つながり応援」サイトなど、生成AIは「業務効率アップや品質向上のメリットがある一方で、誤った情報を提供してしまうリスクがある」点を改めて強調した。
今後の動きとしては、特化型モデルの開発を進めるJR東日本、よりパーソナライズされた旅行プランの提案、また一部OTAで試験導入が始まった旅行予約が可能なAIエージェントツールなど、旅行業界の事情を踏まえた高度化への動きについて紹介した。
「課題設定」と「テーマ創出」が成功の鍵
【生成AIの導入プロセス】
実際の生成AIの導入プロセスにあたり、豊島氏は「課題設定」と、それに伴う「テーマ創出」が重要との認識を示す。生成AI導入に向けた最大の課題が初期段階の「生成AIを活用したいが、何から始めたら良いのか分からない」ということ。導入へ向けた取り組みとして以下のプロセスを提案する。
こうしたプロセスの実施が明確な課題設定と、質の高いテーマ創出につながるとした上で、豊島氏は、専門家による助言やロードマップ作成も有効な手段となると指摘。例えば、日鉄ソリューションズなどの専門家に相談することで、旅行業界特有のニーズに対応した生成AI導入プロセスを明確化できると提案した。